讃美歌21 38〈グローリア、グローリア〉のカノン編曲

『讃美歌21』の38番〈グローリア、グローリア〉は「詞:テゼ共同体」「曲:Jacques Berthier, 1923-1994」による歌です。

「*カノンで歌うこともできる。」とのことで、コーラスの仲間たちと試してみたのですが、2小節間隔の4声のカノンの形ですと、最後が(当然ながら)1声だけになってしまい、いささか寂しい終わり方となってしまいます。そこで、最初にソプラノとアルトの2声のカノン、次にテノールとバスの2声のカノンとし、最後に、再びソプラノとアルトのカノンにしっかりと男声による支えの声部を添える、という形にしてみました。(根岸一美)

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讃美歌21  43 – 3 「主よ、おいでください」 訳詞改案の試み

  『讃美歌21』の  43 - 3  はアフロ・アメリカン・スピリチュアルのひとつです。歌詞の「クム バー ヤー(Kum ba yah)」は”Come by here” の意味ですが、日本語訳詞の各行の始まりがややあわただしい感じがしていましたので、原語の Somebody’s~ing の感じを生かしつつ、改案を試みました。1段目と2段目の冒頭のテヌートは、少し落ち着いて語りかけるように歌うとよいかと思って付けたものです。

 

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モーツァルトの歌曲〈春へのあこがれ〉の歌詞について

モーツァルトの歌曲《春へのあこがれ Sehnsucht nach dem Frühlinge》K596 [ウィーン 1791. 1. 14]はとても有名な、たいへん親しまれている曲です。訳詞もすでにたくさん作られていますが、歌詞に wir Kinder「ぼくたち子供は」という語が出てきますので、そうした感覚から、新たな訳にチャレンジしてみました。(原詩:Christian Adolf Overbeck)(2020年10月27日 根岸一美)

 

春へのあこがれ(Sehnsucht nach dem Frühlinge)

 ① Komm,lieber Mai,und mache die Bäume wieder grün,

        und lass mir an dem Bache die kleinen Veilchen blüh'n!

        Wie möchte ich doch so gerne ein Veilchen wieder seh'n!

        ach,lieber Mai,wie gerne einmal spazieren gehn!

       来てね、やさしい五月、木々をふたたび緑にしておくれ、

  小川のほとりに 小さなすみれを咲かせておくれ!

  ぼくは すみれを また見たいの!

  ああ、五月、ぼくはまた散歩に出かけたいの!

  

     ② Zwar Wintertage haben wohl auch der Freuden viel;

         man kann im Schnee eins traben und treibt manch' Abendspiel;

         baut Häuserchen von Karten,spielt Blindekuh und Pfand;

         auch gibt's wohl Schlittenfahrten aufs liebe freie Land.

        冬のあいだだって もちろん楽しいことはある、

   雪の中を駆けまわり 夜にはゲームも、

  トランプで小さな家をつくったり、目かくし遊びや質入れごっこをしたり、

  そりでいろんな所にも行けるし~

  

     ③ Doch wenn die Vöglein singen, und wir dann froh und flink

         auf grünem Rasen springen,das ist ein ander Ding!

         Jetzt muss mein Steckenpferdchen dort in dem Winkel steh'n,

         denn draussen in dem Gärtchen kann man vor Kot nicht geh'n.

         でも、小鳥たちがさえずり、ぼくらが緑の草原を元気よく跳びまわれるなら、

   それは段違いのことなんだ!

   今はまだ、ぼくの竹馬も あの隅っこに立てておかないと~

   だって、おもての庭なんて泥んこで歩けないんだから。

   

   ④ Am meisten aber dauert mich Lottchens Herzeleid,

       das arme Mädchen lauert recht auf die Blumenzeit!

       Umsonst hol ich ihr Spielchen zum Zeitvertreib herbei:

       sie sitzt in ihrem Stühlchen wie's Hühnchen auf dem Ei.

       いちばん気がかりなのは、ロッテちゃんの悲しみ、

  かわいそうに あの子は 花の季節が待ち遠しくて仕方ないんだ!

  ぼくが、たいくつだから何かして遊ぼうよって声をかけても

  あの子は椅子にすわったまま、まるでたまごを温めているめんどりみたい。

 

 ⑤ Ach,wenn's doch erst gelinder und grüner draußen wär'!

        Komm,lieber Mai,wir Kinder,wir bitten gar zu sehr!

        O komm und bring' vor allen uns viele Veilchen mit!

        bring' auch viel Nachtigallen und schöne Kuckucks mit.

        ああ、早く寒さがやわらいで、外が緑になってほしい!

   来てね、やさしい五月、ぼくたち子供は 待ち遠しくて仕方ないの!

   さあ来て、ぼくたちみんなの前で すみれをたくさん咲かせてね、

   ナイチンゲールも きれいなかっこうも たくさん連れて来てね!

                                

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 作品101 の第2楽章 について

前回、標記の楽章の中間部につき、チャールズ・ローゼンの分析的把握を紹介しましたが、それによれば、この行進曲風の楽章の中間部(トリオと解せる)の最初の部分(55~64小節)の最後(繰り返し記号直前)の小節の左手最後の音は、1回目は楽譜に記されたとおり、ヘ音でよろしいが、本来第2括弧部分が記されるべきであり、その場合の2回目の音はホ音であるべき、ということでした。したがって、ローゼンは、この反復記号の前に第1括弧と第2括弧を設け、前者では左手の最後の音はヘ音、後者ではホ音とすべき、と理解しているわけです。

 そこで、実際にこのような演奏解釈をしている演奏の実例はないものかと探してみたのですが、私の友人の調査によりますと、ローゼンの解釈のとおりにリピートありで、かつ全くその通りに弾いている演奏者は残念ながら見つけられなかったが、リピートなしで第64小節の最後の左手のF音をE音に変えて第65小節冒頭のF音へと音階的に移行するよう弾いている演奏者は複数見受けられた、ということでした。そのような演奏の例として、以下に youtube のアドレスと当該部分までのおよその経過タイムを記載してみます。関心のあるかたはどうぞお確かめください。

 
 
リヒテル(1965 モスクワ ライヴ)(7:30)
 
グールド(5:31)
 
ソロモン(6:43)
 
マリア・ユディナ(6:28)
 
イヴ・ナット(6:05)
 
 
以上です。(根岸一美)

オルガン曲の作曲家リンク(Rinck)について

根岸一美です。写真でお目にかけるのは、9月6日の礼拝(日本基督教団箕面教会)で弾いた前奏曲です。

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この曲を書いたリンク(Ch. H. Rinck)について、New Grove やMGG音楽事典などに記されていることをまとめてみました。

 リンク(Johann Christian Heinrich Rinck)は、ドイツのオルガニスト、作曲家。ベートーヴェンと同じ1770年の2月18日にテューリンゲン地方のエルガースブルクに生まれ、1846年8月7日、ダルムシュタットで死去。1786年から3年間、バッハの最後の弟子といわれるキッテル(Joh. Chr. Kittel, 1732–1809)に師事した後、1790年、20歳でギーセン市の首席オルガニストに着任。1805年、ダルムシュタットに移り、同市のオルガニスト、カントル、音楽学校教師を務め、さらに、ヘッセン大公の宮廷楽団会員に任じられ、1813年には同宮廷のオルガニストとなる。リンクはドイツ中を通じて名教師と称えられ、ダルムシュタットオルガニスト志願者たちにとって、中心的な都市となった。リンクの作品は主にオルガン曲で、中でも《実践的オルガン教本 Praktische Orgelschule》op. 55(1819-21)が高い評判を得たほか、1832年から1840年まで、隔月発行された《コラールの友 Der Choralfreund》opp.101-127は多くの予約購読者を得て、同時代のコラールに基づくオルガン変奏曲集として高く評価されたとのことです。彼はマインツの出版社ショットと密接なつながりを有し、同社よりベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》のピアノ・ヴォーカル譜も出版しています。

 日本の教会で使われているようなリンクの曲は、初期ロマン派風の和声を使いながら、見通しのよい進行感を示すものが多く、弾きやすく、また聴きやすい曲が多いといえましょう。

 画像の曲は、木岡英三郎編『オルガン・ブック第6集 教会オルガン前奏・間奏・後奏曲集』(基督教音楽出版 1967年)からのもので、この曲集には(番号の付されていない最後の5つの曲を含む)全166曲中、リンクの曲が44曲も収録されています。この数字を見ると、リンクの曲は日本のプロテスタント教会に深い影響を及ぼしてきていることが考えられます。

 

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第28番 op. 101 第2楽章 中間部(トリオ)の解釈

音楽学の根岸一美です。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第28番 イ長調 op. 101 の第2楽章は「活発に、行進曲風に」(Lebhaft. Marschmäßig)と記されている楽章ですが、中間の第55小節からのトリオは、やわらかく(dolce)カノン風の構成を主体に進んでいきます。まず、第58小節において、左手が c-g-a-b-es-f-g-d の動きを示し、これが次の小節で右手に受け継がれます。逆に(第58小節の)右手のes-d-c-bの動きが次の小節では左手に受け継がれます。

 

 このような調子で進んでいきますが、興味深いのは第63小節からです。ここではまず右手で、b-a-c-e-f-f の形が示され(最後の f はオクターヴ下降)、この小節の後半から次の小節にかけて左手がこの形をカノン風に受け継ぎます。そして次の第64小節では、右手で、前の小節よりも1オクターヴ下でこの音型が現れます。ところが、次が問題です。

 

 すなわち、第64小節の後半から左手に現れる、この音型の前半部が、b-a-c と進んだ後に、次は e ではなく、f 音となっているのです。そして、後半部の f - f は反復記号付き縦線にぶつかってもはや現れることがなく、カノンはここで一旦中断される形となっています。

 

 以上のトリオ冒頭の部分が反復された後、この縦線の後に左手から新しいカノンが始まります(第65小節)。

 

 ところで、この第64小節後半の左手の音形について、ヘンレ版の楽譜には、欄外注(**)が設けられ、「[b-a-c の後の]1点ヘ音(f1)は自筆譜ならびに初版による(カノン的模倣の中断のもとに)」と記されているのですが、このことに関連してチャールズ・ローゼンが以下のような、興味深い捉え方を示しています。

 

ベートーヴェンはカノン風のトリオの冒頭に反復記号を設けたが、第65[ママ:正しくは:第64]小節の終わりにリターン記号を記すのを忘れた。また彼は、左手の最後の音をF音ではなくてE音とする、第2の終止[小節]を書くべきであった(F音ではトリオの冒頭[2回目の第54小節の最後の、2つの複縦線に挟まれたF音]に戻るだけの意味しかないのである)。」

 

Beethoven put a repeat sign at the opening of the canonic trio, but forgot to enter the return sign at the end of the bar 65[sic]. He should also have written a second ending with an E♮ instead of an F as the last note in the left hand (the F makes sense only to return to the opening of the trio.)[Charles Rosen, Beethoven’s Piano Sonatas   A Short Companion,  Yale University Press, New Haven and London, 2002, p.215]

 

「リターン記号を記すのを忘れた」というのは、どうもローゼンの勘違いのように思われます。つまり、この記号がないのは初版においてであって、自筆譜には記されているからです。しかし、その後に記されている「第2の終止[小節]を書くべきであった」というのは、説得力があると思います。つまり1回目の第64小節は左手の最後の音を[楽譜のとおり]F音にすることによって、トリオ冒頭と同じ8分音符のF音へと戻り、2回目では最後の音をE音に変えることによって、それまでのカノン音型を厳格に守るとともに、第65小節の冒頭のF音に向かって音階的に滑らかに移行していくからです。こうしてトリオの最初の10小節が、単なる反復ではない、大きな20小節の流れとなる、ということです。

 

以上のことを踏まえて当該箇所を以下のように作譜してみました。

 

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  試みに自分で弾いてみて、結構自然に感じられたのですが、実際に(ローゼン以外に)このような形で弾いている演奏者がいるのかどうか、私はまだ知らない。近々 IMSLPなどで探ってみようと思うが、もしご存じの方がいらしたら、教えていただけたらと思う。

讃美歌21 59番の簡易譜(練習用)

今回の59番はイギリス現代の作曲家 Peter Cutts(1937- )による作品です。『讃美歌21』からの写真は掲げませんでしたが、いかにも現代の作曲家らしい、ちょっと複雑な和音や、バスの活発な進行のゆえに、少し難しい曲かもしれませんので、とりあえず「練習用」として簡易譜をつくってみました。和声の基本構造はほぼ保っていますので、伴奏として弾いていただいてもそれほど違和感はないと思います(と希望しています)(根岸一美)

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