バッハ(「小川」)の源流となった作曲家たちとその場所 3

音楽学の根岸一美です。 去る7月18日(土)に芦屋市立公民館にて担当の講座「バッハ(「小川」)の源流となった作曲家たちとその場所」の3回に分けての投稿です。今回はその最終回です。 

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4)ケーテン時代(1717~1723)

⑦ヨハン・カスパル・フェルディナント・フィッシャー(1656 - 1746)

 バッハは1717年ヴァイマルを離れて、ケーテン 地図 10 のレーオポルト候の宮廷楽長となりました。ヴァイマル時代最後の4年間ほどの、毎週カンタータを作曲する、という縛りから解放され、数多くの器楽作品の作曲に集中できた時代です。こうして、彼は1723年に ライプツィヒ 地図 11 に移るまで、ブランデンブルク協奏曲無伴奏ヴァイオリン曲集、平均律クラヴィーア曲集第1巻、インヴェンションとシンフォニア、イギリス組曲フランス組曲など、数多くの器楽作品を書き上げていったのです。

 

  さて、この段階ではもうバッハは他の作曲家たちから影響を受けることは少なくなっていったのではないかと思われるのですが、実はドイツの作曲家で、バーデン辺境伯ルートヴィヒ・ヴィルヘルムの宮廷楽長を務めていたヨハン・カスパル・フェルディナント・フィッシャー(Johann Caspar Ferdinand Fischer, 1656 - 1746)の作品には、バッハとの関連が見いだされ、影響がうかがわれるのです。

 

 実は、そのことを知ったのは、もう40年以上も前になりますが、大阪音楽大学での鍵盤音楽史の講義で教科書として用いた、ウィリ・アーペル著・服部幸三訳『ピアノ音楽史』(音楽之友社)によってでした。そこには次のような記述が見られます。以下、そのままの引用です。

 

【バッハ以前のドイツの鍵盤音楽の考察にしめくくりをつける意味で、ドイツのバロック音楽のもう一つの流れを代表している作曲家の名をあげなければならない。それはヨハン・カスパール・フェルディナンド・フィッシャー Johann Kaspar Ferdinand Fischer(1650頃~1746)である。彼は、バーデン辺境伯の宮廷楽長としてドイツの南西部で生活し、活動した。[中略][彼の組曲にみられるような]微細画(ミニアチュア)形式への傾向は、フィッシャーが1695年に〈アリアドネ・ムジカ〉Ariadne musicaという比喩的な題で出版したプレリュードとフーガ集に、もっとはっきりみられる。この題は、テセウスを助けて迷宮から救い出したギリシアアリアドネの神話によっている。フィッシャーの音楽の迷宮は、長調短調のよせ集めだった。ちょうどこの頃、調の数はもっと単純な5つ、または6つの調の範囲をこえはじめようとしていた。フィッシャーは、完全な24の調の中、嬰ハ長調変ホ長調変ホ短調嬰ヘ長調変イ長調変ロ短調だけをぬかした19の調でプレリュードとフーガを書いた。だから、彼の〈アリアドネ〉は、あらゆる調をはじめて集大成したバッハの〈平均律クラフィア曲集〉の重要な先ぶれである。フィッシャーのプレリュードとフーガは、20小節をこえることは稀だが、その小さな枠の中で、彼の組曲のダンス曲に劣らず完全で、申分がない。】

 

 以上の記述の後に、アーペルが挙げているのは、嬰ハ短調のプレリュードとフーガの楽譜ですが、私がフィッシャーからのバッハへの直接的な影響を実感したのは、吉田実編《奏楽用 オルガン音楽選集Ⅰ》(日本基督教団出版局)に収録されている、ホ長調のプレリュードとフーガの楽譜を見たときのことでした。以下の楽譜です。

 

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 このフーガは、明らかに、次に掲げるバッハの《平均律クラヴィーア曲集》第2巻の同じ調のフーガ(BWV878)と同じ始まりを見せていることがわかります。 

 

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 しかし、同じなのは主題の始まりの部分だけと言ってよいでしょう。バッハのこの曲では、フーガの主題が低音部(バス)から高音部(テノール)へ受け渡されるとともに、バスには8分音符を含む、リズム的に躍動感のある対旋律の動きが生み出されます。そして、その後の動きを辿っていきますと、バッハは、譜例に色別で示しますように、同一の主題から実にさまざまな可能性を導き出し、しかも A から各段階での展開を経て E における頂点に至るまで、緻密かつ雄大な作品を創り上げていることがわかります。まさにここにおいて、バッハは完全な本流になったと言ってよいでしょう。

 

 以上、バッハの音楽の「源流」を少しだけさぐってみました。今回は鍵盤音楽だけに限定してお話しさせていただきましたが、管弦楽作品や、カンタータや受難曲などの世界に入っていきますと、それこそ無限に広がる源流の風景があるのかと思います。これをきっかけとして、バッハの作品の巨大な世界がどのようにして成立していったのか、さらに考えていきたいと思います。